一般社団法人スポーツを止めるな

1252 生理とコンディショニング

【出演者】
日本体育大学 児童スポーツ教育学部教授 医学博士 須永美歌子 / スポーツを止めるな共同代表理事 最上紘太 / スポーツを止めるな理事 元競泳日本代表 伊藤華英

 スポーツに携わる女性アスリートにとってコンディショニングを知ることはとても重要なこと。にも関わらず生理の存在に目を背けてきたのはなぜだろう。1年間(52週)のうち、約12週は生理による不調を感じる期間にあたる。大切な試合やトレーニング期間に重なってしまうこともしばしば。『1252プロジェクト』はそんな悩みを抱える女性アスリートの「生理×スポーツ」の課題に対してトップアスリートや医療・教育分野の専門家たちが情報発信する新たな試みです。生理と上手に付き合えば、大好きなスポーツをもっと楽しめるはず。

知っているようで知らないアスリートのコンディショニングとは。練習、睡眠、栄養だけじゃない。ピークパフォーマンスの鍵を握る身体的要因。

 「栄養、トレーニング、睡眠、環境要因に人的要因…、そして身体的要因」。アスリートがピークパフォーマンスを発揮するために必要な構成要素。それこそがアスリートのコンディショニング。そう説明するのは日本体育大学児童スポーツ教育学部教授で医学博士の須永美歌子さん。元競泳代表のオリンピアンで1252プロジェクトのリーダーを務める伊藤華英も「睡眠、栄養、トレーニングは理解していたけど、こんなにも多くの要因があるなんて。現役時代に知りたかった」とセッション冒頭から驚きの連続。須永さんは「その中でも女性特有のコンディショニングとして身体的要因である生理との関わり合いは重要ですね」と、月経周期における体調の変化とパフォーマンスの関係性を研究データを元に詳しく説明してくれました。

【須永教授作成資料より抜粋】

 アスリートのコンディショニング研究は多岐にわたり様々なリサーチが進んでいるが、その多くは被験者を男性とするものが多いのが実情。須永さんは「同じ人間なので大きな違いはないと思います。でもやっぱり月経周期など男女にはもともとの性差があるのは事実。その差を活かしてコンディショニング戦略を練っていくことが大切ですね」と女性アスリートならではの調整法を模索している。スポーツを止めるな共同代表理事の最上紘太も性差による男女の違いに関して客観的なデータがアスリートに届けられていないことを問題視。「1252プロジェクトを通して僕自身も学んでいる部分が本当に多い」と今後のスポーツ界に生理に対する理解が浸透していくことを願っていました。

月経周期とコンディショニングの関係性は筋力、体温、体重の変化にも現れる。人それぞれ異なる生理との向き合い方に目を向けて。

 伊藤から「具体的に何を知れば良いのでしょうか」との問いかけに、須永さんは月経周期に伴う女性ホルモン濃度の変化を示したグラフを紹介。月経周期とは月経が開始してから次の月経が開始するまでの約28日間のこと。女性アスリートを対象としたアンケート結果によると、ホルモン濃度の波が上がる期間には体調が良くなり、コンディションが上向くという結果が出ていることを紹介しました。伊藤も「体感として感じる部分がありますよね」とデータに納得。最上は「指導者も女性選手がどの時期に調子が上下するのか、女性特有のバイオリズムを知ることで選手の状態を掴みやすくなるのでは」とコーチ目線でのメリットを感じていました。

 加えて、須永さんは月経周期によって運動パフォーマンスにも影響がでることを紹介。一例として月経後に筋力が高まるという報告。また基礎体温の変化によって月経前の体温が高い時期は高温多湿環境下でのトレーニングでは普段よりも疲れやすいこと、体重の変化として月経期間中に最大2キロほどの差がでることなども紹介してくれました。学生アスリートに向けて「体重が落ちないから絶食するなどの行為は辞めてほしい。自分自身の生理を良く知り『今はそういう時期だから』と受け止めて」と話していました。

【須永教授作成資料より抜粋】

 「コンディションの良し悪しは月経周期だけの問題ではないが、性ホルモン濃度の波に影響を受けるのは事実。筋肉や血管機能が上がったり下がったり。でも知っておいてほしいのは個人差があること」と須永さん。早い女性では12歳頃に初潮を迎え、その後4年間ほどは月経周期が安定しないことも多い。それぞれ生理痛の重さも違い、症状を一概に言い切れない。だからこそ体温の変化や体重の変化などをこまめに記録し、自分自身の生理と向き合ってほしいと若い学生アスリートに向けてアドバイスを送ってくれました。

 伊藤も自身の経験を元に現役時代に生理に関して周りに相談ができなかったことを伝え、「指導者やスタッフが生理に対しての理解が進めば双方のコミュニケーションはもっと良くなり、それが選手のパフォーマンスにつながることを目標に1252プロジェクトを拡げていきたい」と語りました。

誰もが当たり前に生理のことを語れる社会に向けて。大切なのは『知ること』『伝える』こと。

 「月経後の排卵期に最大筋力が高まる事実を知っていれば、コーチの指導方法も変わってきますよね。でも…、やっぱり生理のことって聞きにくい」。男性目線での悩みを吐露する最上に対して、須永さんは「よく聞かれる質問ですね。生理のことを聞くとセクハラになっちゃうんじゃないかって。ここで大事なことは教育だと思います。なぜ生理への理解やこまめなコンディションチェックが重要なのか、選手を伸ばすために何が必要かを伝えて信頼関係をつくっていくことが大切。女性がスポーツをするために気づかなければならないことを指導者の方々が選手に伝えてほしい」と未来のスポーツ界発展に期待していました。

 1252プロジェクトでは女子学生に加えて男子学生に対しても生理に関する講座を開講してきました。これまでの講義の様子を振り返り、伊藤は「男の子も最初はもじもじしているんですが、いつしかみんな真剣な眼差しで聞いてくれる。大人がしっかりと伝えていくことが大切なんだなと実感しますね」と学生たちの顔を思い浮かべにっこり。最上も「女性でも意外と生理のことを知らなかったり。当たり前だと思っていることが実は当たり前じゃない」と知ることで広がるアスリートの可能性を感じていました。

コロナ禍の学生に向けて。1252プロジェクトの目指すものは。

 須永さんは「コンディショニングは自分と向き合うところから始まります。コロナ禍でできた時間を活かして今の自分と向き合いよく観察してほしい」とエール。伊藤も「アスリートと生理の課題は当事者だけでは解決できない。男性も含めてみんなで考えていくことが一番大切。学生とともに先生も考えていく。これからもみんなで考えていきたい」と話していました。