災害復興にスポーツの力を−災害支援スポーツネットワークが目指す新しい価値 (後編)
IOCサミットにて、スポーツを止めるな共同代表理事 最上紘太(左)と糸見涼介さん
IOCサミットにて、スポーツを止めるな共同代表理事 最上紘太(左)と糸見涼介さん
一般社団法人スポーツを止めるなが2024年の能登半島地震を契機として立ち上げた「災害支援スポーツネットワーク」。日本、そして世界でも増え続ける災害に対してスポーツは、アスリートは何ができるのか。
「災害支援スポーツネットワーク」では、災害復興への想いを持つアスリートやスポーツ団体と支援を必要とする地域をつなぐ活動を展開しています。被災地の課題に対してスポーツ界のアセットを活かし、一過性ではない中長期的な支援を実現、活動で得た知見は次の災害への「学び」として社会に還元していきます。
今回は「災害支援スポーツネットワーク」の能登支援活動に参加いただいた元バヌアツ陸上競技代表監督でありIOCヤングリーダーの糸見涼介さんに、災害や社会課題に対しアスリートが出来ることやその価値について、ご自身のこれまでのキャリアにも触れていただきながらお話を伺いました。(本記事は後編です。前編はこちら)
「災害支援スポーツネットワーク」では、災害復興への想いを持つアスリートやスポーツ団体と支援を必要とする地域をつなぐ活動を展開しています。被災地の課題に対してスポーツ界のアセットを活かし、一過性ではない中長期的な支援を実現、活動で得た知見は次の災害への「学び」として社会に還元していきます。
今回は「災害支援スポーツネットワーク」の能登支援活動に参加いただいた元バヌアツ陸上競技代表監督でありIOCヤングリーダーの糸見涼介さんに、災害や社会課題に対しアスリートが出来ることやその価値について、ご自身のこれまでのキャリアにも触れていただきながらお話を伺いました。(本記事は後編です。前編はこちら)
スポーツ×社会課題に取り組む
最上:
IOCヤングリーダーとしての精力的な活動、素晴らしいと思います。
IOCヤングリーダー以前・以降でも糸見さんはスポーツと人権や社会課題といった観点から継続的な活動を続けていらっしゃいます。なぜそういった活動に取り組むようになったのか契機となったことはあったのでしょうか?
糸見:
やはり小・中・高・大とスポーツに取り組む中での違和感が実体験としてあります。最初は野球をやっていたのですが、20年前に始めた時はやはりコテコテの体育会系の雰囲気があり怒鳴られるのも日常茶飯事で、子どもながらになぜこんなに怒鳴るんだろうと思っていました。中学の時に駅伝を始めて、その時は非常に自由な環境で前向きに楽しく取り組むことができました。スポーツはもっと前向きで楽しくて、周囲にもよい影響を与えられるものなのではないかと考え、自分が尊重されている/されていないというだけの違いでここまで心持ちが変わることに気づいたんです。人権というか、ただスポーツに取り組むだけではなく「どうやって」スポーツに取り組めるかで得られるものも大きく変わることを発見しました。そういう考えがあり、バヌアツでは環境整備から取り組みました。それ以来、自分の考えてきたことを形にしてみようと行動し続けて、今に至ります。
最上:
アスリートが置かれている環境改善や人権、社会課題に継続的に取り組んでこられた活動は非常に価値があると思います。 私たちスポーツを止めるなは、「災害支援ネットワーク」や「1252プロジェクト」などの活動を継続的に続けていますし、これからはスポーツを通じた社会課題解決に携わる人材自体を増やしてけるような取り組みも進めたいと考えているのですが、糸見さんとして一緒に活動したいと思うようなことはありますか?
糸見:
まず一つは、1252プロジェクトと部活動の地域展開の活動で連携できたらいいなと考えています。部活動を地域のクラブに展開していくにあたって、やはり指導者に対する研修は市の責任として実施する必要があるという話になっています。その中でどういった研修を行えばいいかということを考えた時に、1252プロジェクトが大切にしている価値観である、指導者だけに教えるのではなく、選手や保護者、そのスポーツに携わる全ての人たちが一緒に考えていくことを重要視するという点に私自身共感しているので、自らの活動にも活かしていきたいと考えています。
IOCヤングリーダーとしての精力的な活動、素晴らしいと思います。
IOCヤングリーダー以前・以降でも糸見さんはスポーツと人権や社会課題といった観点から継続的な活動を続けていらっしゃいます。なぜそういった活動に取り組むようになったのか契機となったことはあったのでしょうか?
糸見:
やはり小・中・高・大とスポーツに取り組む中での違和感が実体験としてあります。最初は野球をやっていたのですが、20年前に始めた時はやはりコテコテの体育会系の雰囲気があり怒鳴られるのも日常茶飯事で、子どもながらになぜこんなに怒鳴るんだろうと思っていました。中学の時に駅伝を始めて、その時は非常に自由な環境で前向きに楽しく取り組むことができました。スポーツはもっと前向きで楽しくて、周囲にもよい影響を与えられるものなのではないかと考え、自分が尊重されている/されていないというだけの違いでここまで心持ちが変わることに気づいたんです。人権というか、ただスポーツに取り組むだけではなく「どうやって」スポーツに取り組めるかで得られるものも大きく変わることを発見しました。そういう考えがあり、バヌアツでは環境整備から取り組みました。それ以来、自分の考えてきたことを形にしてみようと行動し続けて、今に至ります。
最上:
アスリートが置かれている環境改善や人権、社会課題に継続的に取り組んでこられた活動は非常に価値があると思います。 私たちスポーツを止めるなは、「災害支援ネットワーク」や「1252プロジェクト」などの活動を継続的に続けていますし、これからはスポーツを通じた社会課題解決に携わる人材自体を増やしてけるような取り組みも進めたいと考えているのですが、糸見さんとして一緒に活動したいと思うようなことはありますか?
糸見:
まず一つは、1252プロジェクトと部活動の地域展開の活動で連携できたらいいなと考えています。部活動を地域のクラブに展開していくにあたって、やはり指導者に対する研修は市の責任として実施する必要があるという話になっています。その中でどういった研修を行えばいいかということを考えた時に、1252プロジェクトが大切にしている価値観である、指導者だけに教えるのではなく、選手や保護者、そのスポーツに携わる全ての人たちが一緒に考えていくことを重要視するという点に私自身共感しているので、自らの活動にも活かしていきたいと考えています。
災害支援スポーツネットワーク スポーツが災害復興を支える日本初のモデルに
最上:
現在世界的にも自然災害が増えている傾向にありますが、その中でも日本は災害に見舞われることが多い国だと思います。そうした環境の中で、発災した際にスポーツ界として連携して災害支援をしていく体制をどうにかして整えたいと私は考えていて、スポーツを止めるなとして活動を始めました。今回糸見さんに経験いただいたのは能登とJOCとの連携による活動ですが、今後能登ではない場所でスポーツのアセットを活用した災害支援を行うとした場合、どのようなことが届けられると思われますか?
糸見:
2025年11月末頃から国連開発計画(United Nations Development Programme : UNDP)のエチオピアで働いていて、内戦からの復興支援に携わっています。状況が許せばの話にはなりますが、アスリートの力を使った情報発信に取り組みたいと思っています。エチオピアには世界にも影響力のあるマラソンランナーをはじめとするアスリートがたくさんいるので、そういった方々の発信力を使ってエチオピアの現状を伝えていくことは、復興支援の観点からも一つの有効な手立てだと思います。
もう一つはバヌアツの話です。2025年10月には国際大会化されたヤスールボルケーノランには海外からも観光客が訪れました。元々はバヌアツの一つの島の経済振興、観光促進を目的とし実施した大会だったのですが、結果として災害復興の側面を持つことになりました。なぜかというと、2024年12月にバヌアツでマグニチュード7.4の地震が発生し、近隣諸国の観光客が同国へ観光を控えるような動きが出ました。観光業がGDPの30%を占める国であり、オーストラリアやニュージーランドといった国外に対して、「バヌアツは大丈夫なんだよ、観光もできるんだよ」というメッセージをこの大会を通じて発信していこうとなりました。その情報にどれだけの効果があったかは未知数ですが、スポーツイベントに向けて動いているという事実は人々を前向きにしたはずです。私はスポーツやアスリートの力を通じた発信の価値を信じているので、能登から離れた文脈でも活用していけるのではないかと思います。
最上:
なるほど、アスリートの発信力を使って災害復興に貢献するということですね。スポーツというものは、一過性の喜びや楽しみを与えるという価値もあると思いますが、公共制度に入っていくことでさらにその力が発揮される一面もあると私は考えています。例えば、糸見さんがおっしゃるようにアスリートの発信力を使うことで、その災害の状況や現在抱える課題などを知らせる力もあるし、被災地で大会を開催することになった場合は、アスリートだけではなく大会に関わる全ての人たちをその場所に連れていった上で当事者にさせるという側面もある。つまり、災害復興に関わる人口を増やすという力もあるし、被災されて運動不足などの課題に直接的にサポートを提供することもできる。様々な側面から中長期的に被災地を支援することができると考えています。
糸見:
スポーツは選手より大会やアスリートを支える人たちの方が私は多いと思っていて、そうした観点での活動も復興支援につながるものだと捉えています。能登でスポーツイベントや大会を開催するとなった場合、皆さん選手たちのプレーを見にいくことになるわけですが、観戦やその大会の運営を手伝うだけでも復興の当事者になるということだと思うんです。やはり当事者になるという経験が、今後その場所とのつながりを継続させていくための原動力になると思うので、「自分には特別なスキルがないから」と思うことなく被災地に関わっていけばよいと私は考えています。大会に足を運ぶだけでも復興支援の第一歩というイメージです。スポーツは被災地との関わりしろを増やすきっかけになれるのではないかと。
最上:
当事者になるという経験が復興支援の最初の一歩になるということですね。我々のような団体が直接的に被災地の状況を改善することは難しいのですが、スポーツと災害支援という観点で見ると、間接的に被災地の状況を社会に伝える、支援を必要とする場所へ訪問するといった支援の中での調整機能を果たすことはできると考えています。ここで大切なのは、一過性の支援で終わらせるのではなく、中長期的にそうした調整活動を機能させていくことです。また、一つの場所で得た知見は次の災害への「学び」として社会に還元していきたいと思います。世界的に見て、スポーツを体系的に災害支援に活用する事例はまだ多くはありません。だからこそ、私たちはこの日本初のモデルを世界に共有し、「スポーツが社会を支える」という新しい価値を広げていきます。
もっと広い観点でいうと、日常生活の様々な局面で社会が良くなる方向にスポーツが機能していくことができれば、自然とより良い社会が実現するのではないかという想いがあります。私たちスポーツを止めるなの活動もそういった大きな目標に向けて発展させていきたいと考えています。
スポーツが持つ「人を動かす力」は、競技や勝敗を超えて人の心や地域をつなぎ、困難の中にある人々に希望とエネルギーを届けます。また、スポーツが誰かを支え、その姿が次の支援を生む、その循環が、より良い社会につながるとスポーツを止めるなは信じています。
災害復興にスポーツの力を活かす−日本初のモデルとなる「災害支援スポーツネットワーク」の取り組みはまだ始まったばかりです。
現在世界的にも自然災害が増えている傾向にありますが、その中でも日本は災害に見舞われることが多い国だと思います。そうした環境の中で、発災した際にスポーツ界として連携して災害支援をしていく体制をどうにかして整えたいと私は考えていて、スポーツを止めるなとして活動を始めました。今回糸見さんに経験いただいたのは能登とJOCとの連携による活動ですが、今後能登ではない場所でスポーツのアセットを活用した災害支援を行うとした場合、どのようなことが届けられると思われますか?
糸見:
2025年11月末頃から国連開発計画(United Nations Development Programme : UNDP)のエチオピアで働いていて、内戦からの復興支援に携わっています。状況が許せばの話にはなりますが、アスリートの力を使った情報発信に取り組みたいと思っています。エチオピアには世界にも影響力のあるマラソンランナーをはじめとするアスリートがたくさんいるので、そういった方々の発信力を使ってエチオピアの現状を伝えていくことは、復興支援の観点からも一つの有効な手立てだと思います。
もう一つはバヌアツの話です。2025年10月には国際大会化されたヤスールボルケーノランには海外からも観光客が訪れました。元々はバヌアツの一つの島の経済振興、観光促進を目的とし実施した大会だったのですが、結果として災害復興の側面を持つことになりました。なぜかというと、2024年12月にバヌアツでマグニチュード7.4の地震が発生し、近隣諸国の観光客が同国へ観光を控えるような動きが出ました。観光業がGDPの30%を占める国であり、オーストラリアやニュージーランドといった国外に対して、「バヌアツは大丈夫なんだよ、観光もできるんだよ」というメッセージをこの大会を通じて発信していこうとなりました。その情報にどれだけの効果があったかは未知数ですが、スポーツイベントに向けて動いているという事実は人々を前向きにしたはずです。私はスポーツやアスリートの力を通じた発信の価値を信じているので、能登から離れた文脈でも活用していけるのではないかと思います。
最上:
なるほど、アスリートの発信力を使って災害復興に貢献するということですね。スポーツというものは、一過性の喜びや楽しみを与えるという価値もあると思いますが、公共制度に入っていくことでさらにその力が発揮される一面もあると私は考えています。例えば、糸見さんがおっしゃるようにアスリートの発信力を使うことで、その災害の状況や現在抱える課題などを知らせる力もあるし、被災地で大会を開催することになった場合は、アスリートだけではなく大会に関わる全ての人たちをその場所に連れていった上で当事者にさせるという側面もある。つまり、災害復興に関わる人口を増やすという力もあるし、被災されて運動不足などの課題に直接的にサポートを提供することもできる。様々な側面から中長期的に被災地を支援することができると考えています。
糸見:
スポーツは選手より大会やアスリートを支える人たちの方が私は多いと思っていて、そうした観点での活動も復興支援につながるものだと捉えています。能登でスポーツイベントや大会を開催するとなった場合、皆さん選手たちのプレーを見にいくことになるわけですが、観戦やその大会の運営を手伝うだけでも復興の当事者になるということだと思うんです。やはり当事者になるという経験が、今後その場所とのつながりを継続させていくための原動力になると思うので、「自分には特別なスキルがないから」と思うことなく被災地に関わっていけばよいと私は考えています。大会に足を運ぶだけでも復興支援の第一歩というイメージです。スポーツは被災地との関わりしろを増やすきっかけになれるのではないかと。
最上:
当事者になるという経験が復興支援の最初の一歩になるということですね。我々のような団体が直接的に被災地の状況を改善することは難しいのですが、スポーツと災害支援という観点で見ると、間接的に被災地の状況を社会に伝える、支援を必要とする場所へ訪問するといった支援の中での調整機能を果たすことはできると考えています。ここで大切なのは、一過性の支援で終わらせるのではなく、中長期的にそうした調整活動を機能させていくことです。また、一つの場所で得た知見は次の災害への「学び」として社会に還元していきたいと思います。世界的に見て、スポーツを体系的に災害支援に活用する事例はまだ多くはありません。だからこそ、私たちはこの日本初のモデルを世界に共有し、「スポーツが社会を支える」という新しい価値を広げていきます。
もっと広い観点でいうと、日常生活の様々な局面で社会が良くなる方向にスポーツが機能していくことができれば、自然とより良い社会が実現するのではないかという想いがあります。私たちスポーツを止めるなの活動もそういった大きな目標に向けて発展させていきたいと考えています。
スポーツが持つ「人を動かす力」は、競技や勝敗を超えて人の心や地域をつなぎ、困難の中にある人々に希望とエネルギーを届けます。また、スポーツが誰かを支え、その姿が次の支援を生む、その循環が、より良い社会につながるとスポーツを止めるなは信じています。
災害復興にスポーツの力を活かす−日本初のモデルとなる「災害支援スポーツネットワーク」の取り組みはまだ始まったばかりです。
「災害支援スポーツネットワーク」活動にて地域住民の方々と(石川県七尾市一本杉通り商店街)
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